Yukie Nishimura Official Website

ピアノとピアノの音を被災地に。「Smile Piano 500」

活動の報告

2016.11.14

ピアノを届けに 〜宮城県登米市〜気仙沼

11月14日、2台のスマイルピアノをお届けするために宮城県へ向かいました。

夕方から雨という予報でしたが、午後くりこま高原に入ると青空が広がっていて、一安心。
1軒目のお届け先の登米市を目指して車を走らせました。

スマイルピアノを楽しみに待っていてくださったのは、ある保育所の所長先生です。
とても若々しいので、もうすぐ定年を迎えると聞いて大変驚きました。
仮説住宅から今年の春に引っ越したばかりの新しいお宅に、スマイルピアノが運び込まれました。
長年住み慣れた以前のご自宅は津波で流されてしまい、そのときにピアノも失いました。
ご主人、おとうさま、おかあさまは、まだ見つかっていません。
二人のお子さんは、東京でそれぞれの夢に向かって頑張っています。
スマイルピアノが置かれたリビングには、お子さんたちが小さかったときの写真が飾られていました。
いずれも、ご友人のみなさんが譲ってくれた写真なのだそうです。
ピアノに向かって手を合わせて「ありがとう」と言うと、先生のやさしい目から大粒の涙がこぼれました。
かつてご自身とお子さんたちがピアノを弾く穏やかな日常があったこと、あるときそれが大切なご家族とともに突然奪われてしまったこと、その大きな悲しみを乗り越えるなかでたくさんの涙を流してきたこと——。
ピアノを見て様々な思いが駆け巡ったのではないかと、そばで西村は感じていました。

東日本大震災のあと、眠れない日々が長く続いたそうです。
見つかっていないご家族のことを、どうしてもあきらめられずにいたのです。
そんなとき、「生きている人が頑張らないでどうするの。いつまでも探しているのはよくない」と娘さんに言われ、はっと我に返るような思いがしたそうです。
そしてしばらく経ってから、あの日のご主人のことを知人のかたが教えてくれました。
津波が迫ってくるなか、責任感の強いご主人は「ぼくはまだここに残ります」と言って、すぐに職場を離れなかったのです。
みずからの意思でその場に残ったという事実を知って、先生はようやく心の整理がついたのだそうです。
一方で、当時高校生だった娘さんも大きな悲しみを抱えて苦しんでいました。
そして、学校を休みがちになってしまったのです。
そんな彼女を救ってくれたのは、先生の同僚の保育士さんたちでした。
1時間でもいいから学校へ行ってみよう、お茶を飲みにどこかへ出かけようと、自宅から連れ出してくれたのです。
少しずつ元気になって高校を卒業し、東京の大学に進学した娘さんから、あるとき手紙が届きました。
「お母さん、生んでくれてありがとう。女子二人旅、絶対に行こうね」 娘さんは今年、保育士として働き始めました。
あのときお世話になった保育士さんたちの影響で、自分も保育士になりたいと思ったそうです。
息子さんも東京で、教員を目指して頑張っています。
お届けしたばかりのスマイルピアノで、西村はアンジェラ・アキさんの「手紙」を演奏しました。
この曲は、5歳のときからピアノを習っていた娘さんが、中学校の卒業式で合唱の伴奏を務めたときに弾いたそうです。
暮れに帰省したときに、娘さんがスマイルピアノを弾いてくれることを、先生は楽しみにしています。

埼玉からもう1台のピアノを積んできた、調律師・名取さんの軽トラックが一足先に出発したあと、西村とマネージャーは2軒目のご家族が待つ気仙沼市へ向かいました。
ところが、しばらく車を走らせていると、畑のあぜ道のような小道に入り込んでしまい、完全に方向を見失ってしまいました。
実は、道に迷うというのはスマイルピアノのお届けではよくあることなのです。
新たに住宅地として整備された土地は、カーナビにその情報が更新されていないことが多いのです。
迷ったときは、名取さんの軽トラックを探すのですが、今回は農家が多い地域に迷い込んでしまい、あたりを見回すとどのお宅にも軽トラックが……。
日が暮れて暗くなってきたので、地元の調律師・小野寺さんに電話でヘルプをお願いしました。
すると、「月はどっちに見えますか?」と小野寺さん。
月が見える方向へ進めば国道にぶつかるというアドバイスに従って恐る恐る車を走らせると、ほんとうに国道に出ました。 そんなわけで、少し遅れて到着した私たちに、5歳の男の子が早速スマイルピアノで演奏してくれました。
前日にピアノの発表会を終えたばかりだそうです。
てっきり小学生だと思いましたが、そうでなはいと知って、西村はびっくり。年齢よりもずっと大きく見えました。
小学3年生のお姉ちゃんにもお願いして、スマイルピアノを弾いてもらいました。
12月に発表会を控えて練習している「おどり」という曲です。
おばあちゃんが、ふたりの演奏をやさしく見守っていました。

スマイルピアノにお問い合わせのメールをくださったのは、お二人のお母さんでした。
震災による火災で全焼してしまったご自宅にはピアノがあり、それは北海道にある実家のお母さんの嫁入り道具だったそうです。
大切に受け継いで、お子さんたちと一緒に使っていたそのピアノは、そのときの火事で焼失してしまいました。 ご一家は避難所を転々としたあと、現在はみなし仮説住宅のアパートに住んでいます。
子どもたちのためにピアノを買ってあげたくても、高額な楽器なので踏み切れず、代わりに小さなキーボードで練習してきたのですが、特にお姉ちゃんにとっては鍵盤が足りなくて、片手ずつ練習していたのだそうです。
お母さんとお父さんは共働きのため、お二人はおじいちゃんとおばあちゃんの家で、夜まで過ごします。
かつて保育士のお仕事をしていたおばあちゃんのピアノも、津波で流されてしまいました。
そこで、預かってもらっている時間に練習できるようにと、おじいちゃんとおばあちゃんのご自宅にスマイルピアノを譲ってほしいというリクエストを頂きました。
西村が「ビタミン」を演奏し、そろそろお暇する時間になった頃、お母さんが到着しました。
この日、お母さんは仙台への出張があったので、おそらくお会いできないだろうということだったのですが、西村たちが道に迷って遅くなってしまったため、運よくお目にかかることができました。

帰り際、お姉ちゃんが西村に手作りのアクセサリーをプレゼントしてくれました。
しじみの貝殻に美しい布地や紙を貼って作った、とてもおしゃれなストラップです。
素敵なプレゼントをどうもありがとう。大切に使います。


被災地で新たな持ち主と出会ったスマイルピアノの台数は、今回のお届けで45台になりました。
私たちは、年に何度か車で各地を訪れるのですが、車を走らせていると目の前に新興の住宅地が突然現れたかと思えば、またしばらく行くと廃墟と化したガソリンスタンドが視界に入ってきたりして、その落差に驚かされます。
ほんとうの意味での復興には、まだ長い時間が必要なのだということを、お届けのたびに肌で感じます。
そして、だからこそ、たとえ1台ずつの小さな活動であっても、被災地のみなさんに音楽を通して幸せを感じていただくという支援を続けていきます。
私たちの活動は、多くのかたのご協力によって成り立っています。
たくさんのかたのご厚意に対して、この場を借りてあらためてお礼を申し上げます。

次のお届けは、雪がとけた頃を予定しています。