Yukie Nishimura Official Website

ピアノとピアノの音を被災地に。「Smile Piano 500」

活動の報告

2016.03.06

音を届けに 〜陸前高田市〜

3月6日の日曜日、岩手県の陸前高田市へ向かった西村は、ある人との再会を楽しみにしていました。
再会のお相手は、まさにスマイルピアノ500を始めるきっかけを作ってくれた人です。

西村は道中これまでの活動を振り返りながら、胸にこみ上げてくる熱い思いをかみしめていました。
2011年の震災直後、ある少女がテレビ局の記者から「取り戻したいものはなに?」と聞かれて「ピアノ」と答えた様子を観た西村は、いてもたってもいられなくなり、「ピアノをお届けしたいです。
時間がかかるかもしれないけれど、必ず届けに行きますから、待っていてください」という手紙を少女に宛てて書きました。
その年の6月、あゆみちゃんという名のその少女が、ある仮設住宅で暮らしていることを知ったスタッフが、その場所を訪ねて西村の手紙をあゆみちゃんのお母さんに渡しました。
そして2014年の秋、ようやくあゆみちゃんの元へ電子ピアノをお届けすることができました。
小さい頃からの夢だった保育士になるために、ピアノを必要としていたあゆみちゃん(今はもう、素敵な大人の女性に成長しているので、「あゆみさん」と呼ぶべきですね)に、やっと届けることができたのです。
保育の勉強をしていたこの数年間、あゆみさんは家族と離れてひとり暮らしをしていました。
でも、きょうだい、お祖母さんと曾お祖母さんが一緒だった仮設の家が恋しくてしかたがなく、休みのたびに学業とアルバイトの忙しい合間を縫って帰ってきたそうです。
1年半ぶりに再会したあゆみさんと話していると、しっかりとした言葉の数々から、彼女が立派な大人の女性になったことがよくわかりました。
彼女は最近、10年前に小学校の校庭に埋めたタイムカプセルから出てきたテープレコーダーで、自分が「保育士になりたい」と言っていたのを聞いたそうです。
文集には「人の役に立ちたい」と書いていたそうとか。
その夢が叶い、4月から保育園に勤めることが決まったと聞いて、こんなに子どもが好きで、人が好きなあゆみさんが、次の世代を担う子どもたちを育ててくれると思うと、西村は嬉しくなりました。


午後は、「朝日のあたる家」でコンサートが行なわれました。
この木造のホールは三陸の海岸沿いの高台に建っていて、早朝に訪れるとまさに名前のとおり、陽の光を浴びて美しく輝くそうです。
その光景を見た人が「思わず泣いてしまった」と言っていました。
コンサートには、お子さんからご年配のかたまで地元のみなさんがたくさん集まってくださって、小さな会場なので席が足りなくなってしまい、立ったままで聴いてくださったかたもいました。


西村は、最初に「微笑みの鐘」と「ビタミン」を続けて演奏しました。
このホールのグランドピアノはとてもいい音で響くので、調律師の小野寺正美さんが心をこめてメンテナンスをしていらっしゃるのがよくわかります。
スマイルピアノの活動になくてはならない存在である小野寺さんは、宮城県気仙沼市にお住まいなのですが、陸前高田にお届けしたスマイルピアノも調律してくださっています。
西村は、これまで数々のご家庭にスマイルピアノをお届けしたことを報告しました。
「みなさん、ピアノを弾いてくれていますか?」と問いかけると、「はーい。でも練習は嫌い!」というお子さんの声が。
「私も練習が嫌いでした。でも、ピアノを続けてよかったと思うことが、たくさんあります。こうしてみなさんに会えたことも。子どもの頃、泣きながら練習したクラシックの曲が、今は愛おしいです」。
そう話すと、西村はクラシックメドレーを演奏しました。
「エリーゼのために」「乙女の祈り」「トルコ行進曲」などの小品を、少しずつ6曲ほど弾きました。
続いて小さなふたりのピアニストが登場し、それぞれ西村の曲を演奏してくれました。
「すき」を弾いてくれたのは、ねねちゃん。「風のスキップ」を弾いてくれたのは、まなちゃん。
ふたりとも、前回の演奏から一段と上手になっていて、西村は感激しました。
きっと、スマイルピアノを大切に弾いてくれているからですね。

そして、西村は新曲をここで初めて披露しました。


タイトルは、この場所にちなんで「朝日のあたる家」です。
震災から5年。
この日のために作りました。
なにげないところに幸せがある。 そのことをかみしめていたい――。
朝日があたるのを感じながら日々を生きることができる幸せを、西村は最近ひしひしと実感しています。
そして、その気持ちを大切にしなければならないことを学びました。
だから西村は、「がんばろう」と手を振り上げるのではなくて、「ゆっくり歩いて行こうよ」という気持ちを込めて書きました。
コンサートの数日前に完成したばかりのこの曲には、癒しのメロディーという形容はふさわしくなく、西村の様々な思いが集約された壮大なスケールの曲に仕上がりました。


次に、9人の子どもたちが元気よく「夢をかなえてドラえもん」を合唱してくれました。
ピアノの伴奏を務めたのは、ねねちゃんです。
この“合唱隊”の中には、午前中に西村が再会を果たしたあゆみさんの弟(6歳)もいました。


実はコンサートの前日、西村は子どもたちがリハーサルをする様子を見学しました。
彼らを指導していたのは、ベテラン保育士の鈴木さん。
2011年にスマイルピアノをお届けしたお宅です。
鈴木さんのご自宅は津波で2階まで浸水しました。
周囲の家は流されてしまい、現在は空き地のままです。
以前は海が遠いと思っていたけれど、今は近いと感じると静かに話してくださいました。
鈴木さんのスマイルピアノを囲んで、子どもたちが明るく元気に音楽を楽しんでいる。
前を向いて、日に日に成長している――。
西村は、大きく成長した子どもたちのきらきらした表情を見て、心強く思いました。



コンサートの締めくくりに、全員で西村の伴奏に合わせて「ふるさと」を歌い、先ほどの子ども合唱隊が、1番の歌詞に手話をつけてくれました。



終演後、これまでにスマイルピアノをお届けした6組のご家族と再会しました。
お子さんがすっかり大きくなっていたので、西村が一瞬戸惑うという場面も。
被災地のみなさんに音楽を通じて元気をお届けしたいと思って始めた活動が、いつのまにか自分のほうが元気をもらっている。
そのことに、西村は改めて気づいたのでした。