Yukie Nishimura Official Website

ピアノとピアノの音を被災地に。「Smile Piano 500」

活動の報告

2016.03.07

ピアノを届けに 〜福島県いわき市〜

3月7日の月曜日、朝早くに福島県郡山市を出発した「スマイルピアノお届け隊」は、いわき市へ向かいました。

42台目のお届けです。

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スマイルピアノの到着を待っていたのは、浪江町出身のよりこさんです。
ご主人と3歳の息子さんと3人で、2014年の暮れに完成したばかりの新居に暮らしています。
よりこさんもご主人も、この日は休暇を取ってスマイルピアノを迎えてくれました。

 

震災の1週間ほど前、いわき市で仕事をしていたよりこさんは浪江町のご実家に帰っていました。
この年の7月に入籍する予定で、3月5日には両家が集まり、そろって食事をしました。
いわき市へ戻るとき、「また来るからね」といつものように言って別れました。
でも、それがお母さまと交わした最後の言葉になってしまったのです。
津波で実家が流され、お母さまが亡くなりました。
ピアノも流されてしまいました。
震災後に入院したお祖母さまも、まもなく亡くなりました。

大切なご家族を亡くしたよりこさんに、さらなる悲しい現実が突きつけられました。
生まれ育った大好きな浪江町が、原発事故により全町避難を余儀なくされてしまったのです。
この町に住んでいた人々は日本全国に散り散りになりました。
現在も大部分が帰還困難区域に指定されています。
「いま望むことはなんですか?」と西村が尋ねると、よりこさんはこう答えました。
「浪江とここを自由に行き来できるようになりたいです」

 

よりこさんは、小学校のときに6年間ピアノを習っていました。
上手だったので、中学では学校主催の合唱コンクールでクラスの伴奏を担当し、そのことがとても楽しい思い出として残っているそうです。
みんなで音楽をつくりあげていく感覚は、ひとりで弾くことよりも楽しいと思ったそうです。 
実家を離れてからも、帰ってくるたびに好きな曲を弾いて、ピアノをとても大切にしていました。

 

リビングにスマイルピアノが運ばれてきた途端、よりこさんの目に涙があふれました。
運んできてくれたのは、調律師の遠藤洋さんです。
遠藤さんは、いわき市の豊間中学校で津波に流されずに泥だらけの状態で残った「奇跡のピアノ」を修復したことでも知られています。
若い男性ふたりとの絶妙なチームワークによって、実に手際よくピアノが設置されました。
「清々しい素敵な若者だなぁ」と思いながら見ていた西村は、ふたりが遠藤さんの息子さんであると聞いて、大きく頷いていました。
遠藤さんのことを新聞記事で知っていたよりこさんは、いつか会いたいと思っていたそうです。
憧れの人が目の前に現れて、感激していました。
「譲ってくださったかた、そして西村さん。このピアノは、いろんな人に支えられてここまで来ることができたのです」 
 遠藤さんがそう話すのを聞いて、よりこさんの涙は止まらなくなりました。
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そっと鍵盤に触れて感触を確かめ、「いい音ですね」と言ってくれました。
西村も嬉しくなり、5年前の震災直後、いてもたってもいられない気持ちで書いた「微笑みの鐘」を演奏しました。
それから小さな息子さんのために「さんぽ(となりのトトロ)」を弾きました。


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実は、坊やは、疲れて寝てしまったのです。
届いたばかりのピアノでお母さんが一緒に弾こうとしても、恥ずかしがってしまい、そのうちに、寝息をたてて寝てしまいました。
「こんなにたくさん大人が来て、びっくりして疲れちゃったのかな」と西村が言うと、「いいえ、今朝から『ピアノが来る!』と言ってそわそわしていたんです。
楽しみにしすぎて疲れちゃったのでしょう」と、よりこさん。
保育園では先生がいつもピアノを弾いてくれるので、その曲に合わせてダンスをするのが大好きなのだそうです。
これからは、自宅でお母さんのピアノに合わせて踊れますね。

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後日、よりこさんが手紙で知らせてくれたのですが、あんなに恥ずかしがっていた坊やは私たちが帰ったあと、「お母さん、こっちに来て」と言ってピアノの前に座り、ふたりで一緒にピアノの音を出して楽しんだそうです。
そして今ではピアノに向かって、朝はおはよう、保育園から帰ってくると、ただいまと声をかけているとか。
よりこさんの手紙には、素敵な言葉がたくさん綴られていました。
その一部をご紹介します。

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「今、再びピアノのある生活を送ることができるようになり、本当にうれしく思います。いい時も、悪い時も、風邪をひいて熱がある時もピアノと一緒、それが日常という、震災前と変わらない生活が実現しました。
(中略)自分がピアノを弾くことはもちろん楽しみですが、母が、家事の手を休め、私の弾くピアノを聴いてくれたように、子供が弾くピアノをリビングで聴くという立場になってみたいとも思います」

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お届けした日は、朝から空は厚い雲に覆われ、急に暗くなったり、小雨が降ってきたりしました。
ピアノを搬入するあいだは、なんとか大丈夫だったのですが、よりこさんのお宅を出るときになって、ザーっと大雨が降って来ました。
スマイルピアノの活動は、まるで天気の神様に味方してもらっているかのように、こうした奇跡がよく起こるのです。

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よりこさんと息子さんが楽しくピアノを弾いている姿を想像すると、西村は幸せな気持ちになります。
そして、スマイルピアノの活動をこれからもずっと続けていきたいと、改めて強く思いました。